オリンピック憲章には「スポーツと文化および教育を融合させる活動を奨励し支援する」という条項があり、近年の大会では会期前から文化イベントが開催されるようになった。だが、それで「スポーツと文化」は融合しているといえるだろうか。今回のTERATOTERAはスポーツとアートを融合させる試みに取り組んだ。それが、(おそらく)世界初の「駅伝芸術祭」だ。晩秋の東京で、3組のアーティストがパフォーマンスをしながら疾走し、タスキをつないでゴールを目指した。4時間10分に及ぶ激走を写真で振り返る。
駅伝+芸術という前代未聞の形をとり、世界で初めて開催された「駅伝芸術祭」。スポーツとアートが今より近しい関係にあった草創期の近代オリンピックにその源流は見いだせる。
現在は強く意識されていないスポーツとアートをつなぐ太く長い水脈を浮上させ、来たる2020年東京オリンピック・パラリンピックをこころやすく迎えたい。この一見奇妙な祭は、本来のオリンピック精神=オリンピズムの理解を助け、社会的遺産=レガシーを残す。ただし批判的に。IOC(国際オリンピック委員会)は、オリンピック憲章で「オリンピズムはスポーツを文化、 教育と融合させ、 生き方の創造を探求するものである」と根本原則を謳う。また、オリンピックを通じて「スポーツと文化および教育を融合させる活動を奨励し支援する」とも。 これが、オリンピック準備期間から大会開催までの間、主催都市を中心としてさまざまな文化プログラムが組まれ、行政が予算措置する理由である。駅伝芸術祭もまた、東京都から拠出される資金で活動が賄われる、オリンピックに起因したプログラムといえる。ただし、スタッフはほぼすべてボランティアである。
駅伝芸術祭で繰り広げられる芸術の在りようは様々である。参加者には、祭で創造する芸術に制限を設けなかった。詩を吟じながら走ってもよいし、彫刻をつくりつつ歩いても構わない。こうした、幅広い芸術をスポーツと同居させる姿勢は、IOCを組織した近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタンの思想から得た。
オリンピックが現在の姿になる前、古代オリンピックを祖形としてオリンピックを掲げたさまざまな大会がイギリス各地などで催されていた。例えば、イングランド中西部の町で1850年から始まり現在まで続くウェンロック・オリンピアンゲームズ。スポーツ以外にも、詩歌、絵画などの芸術種目、なかには豚追い、編み物など、地域の文化や風習と密接に絡んだ、独自の種目もあったそうだ。クーベルタンは、先行するこのような大会を参考にしながら自らのオリンピック構想を固めたという。
実際にIOCのオリンピックでも1948年ロンドン大会までの一時期、スポーツ種目とともに芸術種目が存在した。具体的には、絵画、彫刻、劇作、詩歌、作曲、裁縫、数学、歴史、建築設計、都市計画など実に多岐にわたる。クーベルタン自身も『オド・オ・スポール(スポーツ賛歌)』という詩作で金メダルを獲得したという。また「乗馬ボクシング」など、まったく新しい種目を生み出した。
こうなると、駅伝と芸術が合体することに違和感はない。むしろ、駅伝芸術という一風変わった新種目は、近代オリンピックが元来持っている自由な気風を体現しているといえるだろう。
さらに、駅伝芸術が他のスポーツではなく駅伝であることも、近代オリンピックの歴史と関係する。実は、日本がオリンピックに代表選手を送り込んで以降、スポーツ教育において、駅伝は大きな役割を果たすのだ。
日本初のオリンピック代表選手、金栗四三は、1912年ストックホルム大会にマラソンで出場するも、レース途中で脱落している。金栗はこの挫折から、外国との実力差を痛感して、日本から世界に通用する長距離ランナーが輩出するには、選手層の底上げが必須と考えた。そこで、多くのランナーが関われるリレースタイルの長距離走、駅伝を考え出したのだ。駅伝に市民は熱狂した。衆目のもと走る行為が、出場者も観衆も感化する。駅伝がその起源において教育的権能を帯びていたことが分かる。
ここに駅伝と芸術を合わせた「スポーツと文化、教育との融合」が実現する。駅伝芸術を知らしめることは、こうした無形のレガシー(社会的遺産)を残すことに他ならない。
祭の模様はすべてインターネットで生中継、全世界に配信された。屋外を移動しながらのウェブ中継について、スタッフはみな素人だった。これは新しい映像時代の幕開けを象徴する出来事かもしれない。高スキルで柔軟な対応に腐心した全スタッフに敬意を表す。またなりより、この世界初のプロジェクトに賛同して出場した各組の方々の勇気と胆力を称えたい。
区間途中でサスペンデッドとなった第3組の佐塚真啓は、祭の後「これは美術ではなく芸術だった」と述べた。芸術とは何か。その答えは、2019年度に続く駅伝芸術祭で明らかになるだろう。 (iwaosho)
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