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「人と人、街と街とをアートでつなぐ」 中央線沿線地域で展開するアートプロジェクト

駅伝芸術祭 リタ〜ンズ

パフォーマンス

アーティストが芸術をしながら走り、タスキを次のアーティストにつなぐ。そんな、芸術とスポーツを真に融合させた(たぶん)世界初の『駅伝芸術祭』が帰ってきた。2018年秋の初回は、JR 中央線の高円寺駅から西荻窪駅までの3区間で3組の走者がタスキをつないだが、安全性を考慮した規定により日没で中断を余儀なくされた。2019年6月に開催された『駅伝芸術祭 リタ〜ンズ』は、荻窪駅から三鷹駅の3区間。第1走者は前回、日没サスペンデッドとなり涙を呑んだ佐塚真啓。またもや匍ほふく匐前進という過酷な走法でリベンジを期した。佐塚からタスキを受ける若木くるみは、世界のウルトラマラソン大会を転戦するランナーでもある。しかし、若木も自らの走法に思いがけない縛りをかけた。最終走者の「新人Hソケリッサ!」は、全員が路上生活経験者という異色のダンスグループ。三者三様の走法で、「路上の表現」の可能性を真摯に探求した『駅伝芸術祭リタ~ンズ』。初夏の陽光の下、タスキは再び中央線を西へと向かった。

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ささやかに制約された表現の自由について 『駅伝芸術祭 リタ~ンズ』を終えて

市民からの通報を受けて様子を見に来た警察官に、スタッフが丁寧に説明している。むべなるかな。服をボロボロにしながら男が街なかを匍匐前進しているのだ。芸術しながら区間を踏破した走者が、次の区間の走者にタスキを渡すことを繰り返す「駅伝芸術」のことを、まだほとんどの人が知らない。『駅伝芸術祭』を街なかで実施するにいたった舞台裏から見える、表現の自由とささやかな制約について考えた。

駅伝はスポーツ 生中継でこそ楽しめる

(たぶん)世界初の『駅伝芸術祭』は、2018年10月、日没のため中断を余儀なくされ、2019年6月、『駅伝芸術祭リタ~ンズ』として再開した。前回も今回も、駅伝芸術祭は、インターネットを通じて世界に生中継された。なぜ生なのか。それはスポーツだから。スポーツ観戦は生に限る。そして駅伝だから。箱根駅伝も暖かい部屋でおせちをつつきながら生の感動を味わうのが正月の楽しみの王道ではないか。加えて、通常の駅伝なら、選手が移動するルートを公開していて、沿道には応援する人が詰めかけるというのが相場だが、駅伝芸術祭は予定ルートを公開していない。したがって現場であらかじめ待ち受けての観戦はよっぽど熱心な方でないと困難であり、偶然巡り合わせた者が得体の知れない活動を目撃してしまうのだ。去年も今年もオフィシャルなパブリックビューイング会場を設置したが、キャパシティは数十人程度。
生中継で観戦する方が圧倒的に便がよい。
なぜルートを事前に公開しないのか。実は各参加選手は、事前にルートを申請してはいるが、当日の状況に応じて近隣の道を走るケースなどを考慮すれば、ルートを厳密に確定することはできないからだ。

「駅伝芸術祭」に道路使用許可は必要か

この足かけ2年にわたる駅伝芸術祭を企画準備する段階で、運営スタッフと主催者側は検討と協議を重ねた。道を使うのにはどのような制約があるのか、行政機関には届け出が必要なのか。警察庁は道路交通法に基づき、道路使用許可が必要なケースを概ね以下のように挙げている。「道路での工事や工作物設置などの作業」「露店や屋台等を出す、祭礼行事やロケーション等の行為」。工事や出店ではないのは明らかなので、問題は「祭礼行事やロケーション等」にあたるかどうかである。
駅伝芸術祭は「祭」という名を持つが、もちろん伝統的な祭礼ではない。祭はもともと神仏や祖先を「祀る」行為をいうが、やがて地域を挙げての賑やかな行事のことも指すようになった。今や日本各地で催されている地域アートに「芸術祭」という名を冠することがポピュラーになったのは、たかだかこの20年ほど。戦後まもなく文化庁主催で始まったイベントが文化庁芸術祭と名付けられたが、一般に普及するのは、2000年が初回の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」からである。
「祭礼行事」の祭礼ではないが、行事すなわちイベントかどうかは、道路使用許可が必要か否かを左右するようである。事前に地域の交番へあいさつに行くと、くどいほど聞かれたのが、「イベントかどうか」であった。私たちの答えは「一般にいうところのイベントではありません」。客に現場での観戦を呼びかけず、集客しないため、イベントではないという認識である。アートの文脈で古風ないい方だと「ハプニング」に近いだろう。2018年の初回には事前に所轄警察署も訪れたが、道路使用許可を申請するものではないことを確認するという体裁だった。実務上は各地域を所轄する警察署が個々のケースで判断することになるので、道路を使う側の思い通りになるとは限らないのが実情だ。

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「公共の福祉」尊重に最大限の配慮

日本国憲法は、第21条で表現の自由を保障している。この条項には何ら制約はない。むしろ、検閲はしてはならない、とある。表現の自由が守られることは大原則なのだ。第13条にも、自由追求に対する権利は、最大の尊重を必要とする、と記されている。だが一方、第12条では、この自由を公共の福祉のために利用する、としている。公共の福祉とは何か。『日本国憲法』(TAC 出版)の注釈によると「幸福。さいわい。現代では特に、公的配慮による、社会の成員の物的、経済的な充足をいう」とのこと。他の人の自由や便益を損なわないように配慮することによって、表現の自由は守られる。
筆者は以前別件の撮影で、道路使用許可を申請したことがあり、また逆に申請せずに公道で撮影したこともある。通常、道路を占拠せず、道路に物を置かず、交通を滞らせなければ許可を取る必要はない。そのうえで駅伝芸術祭では前回も今回も、自主的に、常時少なくとも3人のスタッフが交代制で、選手と撮影者の周辺を警護して、一般通行者との接触や交通妨害を回避した。
さてもう一つ。前述した警察庁が定める道路使用許可が必要な要件のうち「ロケーション等」にあたるかどうかだが、一般にこれはテレビや映画の撮影行為を想定している。テレビ取材などでも、三脚等の機材を地面に置かなければ、通常は使用許可は申請しない。カメラで撮る行為全般を適用するなら、スマホ携帯者はすべて届けなければならなくなる。
長くなったが、街なかで公的な届け出なしに芸術するには、無条件の自由を望むのは困難である。ある程度の制約のなかで『駅伝芸術祭 リタ~ンズ』の出走者がどう芸術に向き合ったのかを以下検証する。

制約のもとで三者三様の「路上の表現」

第1区間を匍匐前進で踏破した佐塚真啓は、意図してかどうかは定かではないが、日常的に移動に相当な時間がかかる人たちの身体を表現しているようにも見える。地面に全身を投げ出して移動すると、道の微妙な傾斜や粗い滑らかなど路面の質感――これらは決して普段の生活では気づかないことだ――に思いをいたらせてくれる。単にバリアフリーの整備が進んでいるかどうか、ということではなく、街のミクロな組成について低い視座から感興する契機となりうるのだ。
なおかつ、佐塚は芸術の「芸」について思索した。前回の『駅伝芸術祭』から今回の『駅伝芸術祭 リタ~ンズ』にかけて、技芸としての匍匐前進を深化させ、這って進む技を磨いた。冒頭に紹介した、通報を受けて駆けつけた警察官への対応は、この佐塚の区間でのことである。2kmほど進むために約6時間半を要したが、佐塚にはこのストロークが必要だった。結果、自由や権利や尊厳を侵害された人は知りうる限りはいない。
第2区間の若木くるみに関しては、移動途中で、剃り上げた後頭部に顔のドローイングを描くことがあらかじめわかっていたので、水道設備のある場所が必要だった。地面を這って移動してきた第1区間の佐塚からタスキを受けた若木は、やはり手足を使って移動を始めた。ここから二足走行に移行するにつれて、後頭部に描いた第二の顔を獣から人へと描き変えるというパフォーマンスだ。路上で絵を描くことも検討したが、道路に物を置かざるをえない。交通の妨げとなることを避けるために、公園に立ち寄ることを提案して、若木はこれを受け入れた。運営スタッフは、準備段階で予定ルート近辺で水場のある公園の使用許可をすべて取った。ちなみに、同じことが道路使用許可では不可能だ。選択しうるすべての公道には無限の組み合わせがある。
第3区間の新人Hソケリッサ!は、事前に希望したプランから変更することを余儀なくされた。立ち寄る公園の管理事務所との折衝で、ルート選択の幅が狭くなったからだ。ダンスに使う小道具の使用でも同様の変更が幾たびか生じたが、ソケリッサを主宰する振付家のアオキ裕キは、そのたびごとに柔軟に応じた。アオキは、街なかのダンスにこうした制約がつきまとうこと自体を、当のダンスに織り込むことに意義を見出した、という趣旨の発言をゴール後にしている。

遅く鈍い「メディア」がもたらす気づき

駅伝芸術は、まちを取り巻く制度への気づきを与える遅くて鈍いメディアである。それだけではない。移動をともなうアートを体験すると、技芸に回収しきれないなにものかが立ち現れることがある。それを第1区間の佐塚は、美術といい、心なのだという。現場ではたしかに、耳慣れない音の響きや、底知れない振動のエネルギー、一瞬の閃光のような心動かすものごとを感じた。
なぜ人は虫のような時間感覚と空間把握で地を這い、獣のような形相で姿を変え、裸足で野を跳びまわるのか。その理由はしかとはわからぬが、そうする自由が人にはある。孤高の生き方を選んだ出走者たちの表現は限りなく尊い。(iwaosho)

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開催概要

開催日時 2019年6月1日(土)
会場 JR 中央線荻窪駅~三鷹駅沿線地域
参加アーティスト 佐塚真啓、若木くるみ、新人Hソケリッサ!

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